空気階段という愛のコント師
キングオブコントや有吉の壁で空気階段を見かけた皆さま、こんにちは。
少し遅いかもしれませんが僕の大好きな空気階段の話をさせてください。
とは言っても、僕が空気階段を好きになったきっかけもKOC2019ですので、比較的最近のファンだと思います。
いわゆるKOC2019新規ですね。
元々アルコ&ピースのANNとDCGのリスナー(この話もそのうちしたい、アルピーはマジで最高なんだから、ナメんなっつー話)だった僕ですが、KOC2019で水川かたまり氏のプチバズり敗退コメント
「お笑いのある世界に生まれてよかった」
にラジオスターの波動を感じ取り、彼らのラジオ「空気階段の踊り場」を聴きはじめました。
これは本当にありがたい事なんですが、「空気階段の踊り場」は、今からでも全部聴けます。
ラジオクラウドというアプリがありまして、そこで第1回から聴けちゃいます。
このラジオが、本当にすごい。
1回30分と短めの放送ですが、空気階段というひどく人間臭く歪でありながら、ピュアでまっすぐな2人の、人生の歩みがそこには詰まっています。
僕は取り憑かれたようにラジオクラウドを聴きあさりました。
このラジオの根底にあるのは、全ての人達への愛と肯定です。
たとえば、番組初期の看板コーナー「サラリーマンじゃない人の声」は、鈴木もぐら氏が街に繰り出し、サラリーマンじゃなさそうな人にインタビューをするというコーナーです。
酔っ払いや歯のない人、異常な早口など「じゃない人」達が迷言(たまに名言)を連発するこのコーナーですが、空気階段の2人は爆笑しながらもどこか優しく彼らを受け止めています。
決して完璧な人間とは言えず(そもそも完璧な人間などいませんが)、欠点を晒しながらも芸人として堂々と生きる2人だからこそのあたたかい眼差しで、「じゃない人」達に向き合っているのです。
本人達の恋も、番組の大きな魅力です。
もぐら氏は番組開始時、素人童貞でしたが(本人曰く素人童貞という言葉はない)、ともみちゃんという女性と出会い、自分の気持ちに気がつき、ラジオで公開告白し、初めての彼女ができます。その後の浮かれっぷりはまるで男子中学生のようで、僕たちリスナーは呆れ、笑いながらもどこか温かい気持ちになるのです。
そんなもぐら氏の恋を笑っていたかたまり氏ですが、彼もまたラジオ内で大恋愛を見せてくれます。
KOC準決勝敗退、酒にのまれて大暴れ、そして号泣プロポーズ…
泣きじゃくりながらラジオブースで愛を叫ぶかたまり氏に、僕は爆笑しながらも目頭が熱くなるのです。
その後の顛末や闇サヤ事件、必死の言い訳もまた、人間くさくて堪りません。
番組が始まって4年がたちますが、その間に2人を取り巻く環境は急激に変化しました。
素人童貞だったもぐら氏は借金を増やしながらパパとなり、マザコンのかたまり氏は泣いてプロポーズしてまた泣いて結婚しました。
2人はしょっちゅう小学生のようなケンカをし、その度に仲直りしながら進んできました。不器用に生きる「じゃない人」を、自分達を肯定しながら進んできたのです。
そこには常に愛がありました。
ラジオへの、芸人への、コントへの、愛する人への愛がありました。
そして、今年のKOCです。
一本目の霊媒師のネタには、2人のコントとラジオへの愛がこれでもかと詰め込まれていたように思います。かたまり氏のコント師としての技術ともぐら氏のキャラクター、ラジオを題材とした奇抜な設定と妙な説得力、まさに空気階段ここにあり、というネタでした。
僕は腹を抱えて笑い、その後は心の底から空気階段のファイナルステージ進出を祈り、ここまで真剣に祈っている自分に驚きました。
僕は、空気階段の2人のことをまるで昔からの友人のような気持ちで応援していました。
たった1年前に存在を知ったお笑い芸人を、です。
それほどまでに「空気階段の踊り場」
は濃密で、生々しい2人の歩みを感じられるラジオ番組なのです。
2本目の定時制高校の恋のネタですが、おそらくラジオリスナーとその他の方々では受け取り方が違ったのではないでしょうか。
観客からは何を言っているのかよくわからないハルオ、そのハルオと当たり前のように会話するアオイ、2人の不思議な恋を描いたこのネタ。
こんなにも美しい恋の世界は、空気階段にしか作れません。
僕は笑いながら涙ぐんでいました。
話すのが苦手でも、歯がなくても、借金があっても、親から仕送りをもらっていても、そんなことは誰かを好きだという気持ちの前では関係ないのです。
それを身をもって証明してきた2人が、今、日本中にこの美しい世界を見せているのです。
本人達にそこまでの想いや考えがあったのかはわかりませんが、僕は心の底から感動しましたし、笑いました。
結果は無念の3位でしたが、その後深夜に放送された踊り場も最高でした。
興奮気味の2人、珍しく素直な称賛メールの数々、そしてもぐら氏の熱いメッセージからのエンジェルベイビー(僕は番組内企画「駆け抜けてもぐら」がきっかけで銀杏BOYZにハマりました)…
2人はこれからも沢山ケンカして、仲直りして、愚直に進んでいくでしょう。
恋の尊さを訴え、「じゃない人」達を愛しながら進んでいくでしょう。
人間讃歌ならぬ人間讃ラジオ、
「空気階段の踊り場」、1人でも多くの人が聴いてくれるといいな、と思います。
少女漫画を乙女として読む
漫画が好きである。
両親共によく漫画を読む人だった影響か、ジャンルを問わず読む。
当然、少女漫画も読む。
初めて読んだ少女漫画は母親が友達から借りてきた「ときめきトゥナイト」だった。
あれはいい。古典的少女漫画表現のオンパレード、古き良き少女漫画だ。
気になる彼の家の浴槽に潜って隠れる、こんなにもラブコメディなことがありますか?
その他もやはり母親の影響で色々読んだ。
「ハチミツとクローバー」、「ぼくの地球を守って」、「動物のお医者さん」などなど、いろんな名作に触れさせてもらった、ありがとう母ちゃん。
少女漫画にもいろいろあるが、やはり醍醐味は恋愛である。
僕は特に「ときめきトゥナイト」や「君に届け」みたいな純愛ものが大好きだ。
基本的にヒロインと彼が一対一の少女漫画がいい。わたしと彼とその他、の構図がいちばんいい。
それはなぜか。
僕は、少女漫画を読むときに乙女として読んでいるからである。
もちろん僕は男である。成人男性だ。妻もいる。汗っかきだ。最近太ったとよく言われる。
しかしそれがなんだというのだ。
少女漫画は女の子に向けられた作品だ、それなら女の子として読まなければならない。自称生粋の漫画読みとして当然の心構えではないか!
例えば「君に届け」を読むとき、僕はヒロインの黒沼爽子となる。
なので、風早くんに「くろぬまっ!」と声をかけられると「えっ…わ、わたしなんかに声かけてくれる…♡」と赤面するし、あの爽やかな笑顔を向けられただけで「かぜはやくぅん…しゅき♡♡」って目がハートになっちゃう。
風早くんが出てくるといい匂いがする気すらする。
風早くんは、マジでやばい。
あーまずい、「君に届け」読み直したい。風早くんに会いたい。あたしだけ見て笑ってほしい。
さて、僕が少女漫画を読むとき、純愛ものじゃないとうまく感情移入ができないのはなぜなのか。
主人公は彼ひとりのことをまっすぐ好きでなければ我慢ならない。
それは僕の中のなりたい乙女像がそういう女の子だからだと思う。
いい感じの男の子が複数いて、ヒロインが揺れ動く…的なストーリーだとイマイチ乗れないのた。なんとなくさめてしまう。
あたしは、フラフラどの男に行くか迷うようなアバズレじゃないから。
いつだって風早くんだけをみてる、そういうまっすぐで芯のある女なの。
ちょっと引っ込み思案だけど、なかなか勇気が出ないけど、この気持ちだけは本物なんだからっ!!
しかし、他のジャンルの漫画を読むときはここまで主人公に憑依していない気がする。
登場人物の姿勢や発言に感動することは当然あるが、もっと俯瞰でストーリーを追っている。
もしかすると、僕は恋愛モノの少女漫画を読むとき
「漫画を楽しみたい」
より
「乙女になってドキドキしたい♡♡♡」
の気持ちが勝っているのかもしれない。
これは僕だけの読み方なのだろうか?
少女漫画を読む他の男性は、どの視点で読んでいるのか気になる。
男性諸君、あなたも乙女になってるんだよね?風早くんのこと、好きなんだよね??
恥ずかしがらずに教えてほしい。
でもあたし、負けないから。
逆に考えて、女性が少年向けのラブコメを読むときはどうなのだろう。
「めぞん一刻」を読む女性は、五代くんに感情移入しながら響子さんに振り回されているのだろうか?
「ToLOVEる」を愛読している女性は、階段でぶつかってなぜか自分の顔の上に乗っかったお尻に興奮しているのだろうか?
僕が乙女になって風早くんに壁ドンされたいように、女性も間抜けな男になって足を滑らせ、おっぱいに顔をうずめたいのだろうか?
どうなんでしょうか?
いまだにコード付きイヤホンを使っている女の子に惹かれる
いつのまにかイヤホンはコードレスの時代だ。
僕もAirPods Proが発売されたタイミングで購入に踏み切った、というか奥さんが誕生日プレゼントで買ってくれた。いつもありがとう。
それまではiPhone付属のものを使っていたのだけれど、AirPods Proに変えてみて驚いた。
音の良さとか、ノイズキャンセルとかもそうだが、なによりコードがないのがこんなにも快適だとは!!
接続に操作もいらないし、コードが絡むこともない。すんごいぜこれは。
そんなわけで僕はしばらく前からAirPods Proを愛用しているのだが、街を見渡してもコードレスイヤホンをしている人がほとんどになったように思う。突然喋りだす人にビクッとしてそっち見たらだいたいイヤホンついてる。なんだよもぉ〜、通話してんのかよぉ〜。
そこで本題なんですけど、いまだにコード付きイヤホンを使ってる女の子、すごく魅力的じゃないですか?
これだけコードレスタイプが普及してきているのにコード付きを使い続ける姿勢、その
「設定とかよくわかんないし…」「落としたら無くなっちゃいそうだし…」「繋がってないとなんとなく不安だし…」
みたいな考え方に、とても惹かれる。
平成に生まれ、電子機器の進化とともに育ったにもかかわらず新しい技術に気後れするその感じが、すごくいいと思う。
いまだにコード付きイヤホンを使っているような女の子は、家計簿をつけてるだろう。もちろん紙。部屋の掃除はこまめにやるし、自炊もしてる。ブランド物のバックとかはあんまり興味が無くて、基本的に早寝早起き。
ある休日の朝、いつもよりちょっとだけ遅めに起きて、伸びをする。
ちょっと寝過ぎちゃったな。
カーテンを開けてみる。
今日は天気もいいし、お散歩でもしようかな。そういえば近くに喫茶店があったな。落ち着いた雰囲気の静かなお店。行ってみようかな。途中まで読んでいた小説の続き、そこで読もうかしら。
支度を済ませて家を出る。
コード付きイヤホンをウォークマンに繋げて、音楽を聴きながら青空の下を歩く。曲はつじあやのの「風になる」。
爽やかな風が吹く。気持ちがいいなぁ。
思わずスキップしてしまい、顔を赤らめてあわてて周りを見渡す。誰にも見られてないといいけど。
ついた、ここだ。この喫茶店。
はじめてだし、ちょっと緊張するな…でもせっかくだし、勇気を出して入ってみよう。よし!
どうですか。いまだにコード付きイヤホンを使ってる女の子は、たぶんこんな子です。
いいなあ、どうかこの喫茶店でバイトしてる穏やかで優しい大学生青年と出会い、恋をして、結婚し、幸せに暮らして欲しい。
結婚式には呼んでくれよな。
おめでとうって、言いたいからさ。
コード付きイヤホンを使ってる女の子に、幸あれ。
どうぶつ博士になりたい
自己紹介
こんにちは、伊岡と申します。
社会人3年目の既婚男性24歳です。
毎日まあまあ楽しく暮らしていますが、文章を書いてみたいな〜と思ったので、書きます。
考えたこと、感じたことをだらだらと書き連ねていきます。